阿蘇 留萌

紀伊01

函館01 舳倉島
阿蘇02 礼文島01 紀伊02 函館02 霧島
摩周 礼文島02 高千穂 函館03 椎葉
竹富島 礼文島03 浜頓別 函館04 伊根
くじゅう 開聞岳 対馬 北上川 岩木山
福江島01 知床 野付半島 鹿児島港 瀬戸内海
福江島02 別海町 下北半島 東京湾  

ツーリング(06.11.17更新 ランダムな記録)

  • 99年4月、ブルーハイウエイライン東京−苫小牧旅客航路(1,045km 上り29時間15分、下り30時間)廃止。大洗−苫小牧航路(756km 20時間)はかろうじて存続。
     同年11月には、近海郵船東京−釧路航路(1,114km 上り29時間、下り30時間)も廃止。
     川崎−日向航路(887km 20時間)は、たびたび会社が変わっていまはマリンエキスプレスが運行しているが、寄港地は宮崎/日向に変わって健在。
    いずれもここ数年、九州、北海道ツーリングで何度か利用していた航路。廃止や縮小は残念。
  • 川崎−那智勝浦−宮崎、川崎−高知−日向の航路が05年6月18日をもって廃止されていた。九州・四国方面が不便になる。

  • 90年12月28日、東京-徳島-新門司航路乗船。このときは帰省ラッシュでまさに雑魚寝。昔の青函連絡船を思い出してシミジミしたが、よくあんな時に乗る気になったもんだ。
  • 94年5月、東京-徳島乗船。四国を回る。
  • 94年6月17日-28日、仙台から小樽に渡り、道北を回る。
  • 98年7月17日、マリンエクスプレス川崎−日向航路(887km 20時間)乗船。五島・福江島まで足をのばす。その後天気に恵まれず、このときは帰りもマリンエキスプレス(ただし、宮崎乗船)で早めに帰京する。>
  • 00年6月18日、新日本海フェリー新潟−小樽航路(704km 約18時間)に乗船。日本海の長距離航路ははじめて。新潟までの高速料金を含めてもかつての東京−苫小牧航路より安く、これでは廃止もいたしかたない。朝の4時に小樽下船。
  • 00年10月5日。マリンエキスプレス川崎-宮崎航路にて第23回全国町並みゼミ日南大会へ。これを機会に全国のフェリー料金が割引になるComradeClub(船の旅と海の仲間の会)に入会。
  • 01年4月20日、オーシャン東九フェリー東京−新門司航路乗船(1.173km 約36時間)。
     19:10出航、翌日の13:30に徳島寄港、再び太平洋に出て室戸、足摺岬をまわり周防灘を通って翌々日の05:00新門司着。2タイプ各2隻が就航、この日乗船した「オーシャンイースト」は2等寝台がなく、大部屋に雑魚寝、ただし1間仕切りに1組か2組しかいないけど。
     別タイプの船になるとほとんど2等寝台で、食堂がなくて自販機のみ、味気ない航路。割引を使って2等+大型バイクで21,420円。お天気もあまり良くなかったので、長かった。
  • 02年11月1日、マリンエクスプレス川崎-那智勝浦航路乗船。紀伊半島を横断して御坊、大阪、明石、京都、彦根、福井へ。
  • 02年12月18日、マリンエキスプレス川崎-宮崎航路にて、宮崎、鹿児島、佐賀、熊本。日田、福岡、防府、柳井、光など山口県南部から広島、そこから一気に帰る。
  • 03年4月3日、陸路で、広島、松山、高知、丸亀、岡山を廻り、12日岡山一気に帰る。
  • 03年8月13日 前橋から塩尻、白馬村、日本海に出て北上し、上越、出雲崎から関川村、村上、そして戻って新潟、そこから一気に25日帰る。
  • 03年9月7日 萩、大森銀山から飛行機で6日帰り、すぐ今度は自前で東北へ。一気に青森県黒石まで走り、そこから弘前、秋田県に入り横手周辺を回ってから、岩手県遠野、盛岡、陸前高田、宮城県に入り仙台、村田など、山形県に入り、15日帰京。
  • 04年10月16日 ビッグサイト横の東京フェリーターミナルから志布志、名瀬、沖縄行きのフェリー「ありあけ」に乗船。奄美大島をめざす。台風23号が発生していたが到着予定の18日朝までは大丈夫だろうとあまり気にしなかった。しかし四国沖にいた17日朝に台風を避けて熊本八代湾に向かうとの発表。航行はもちろん台風の沖縄港で停泊するのも避けるらしい。テレビの台風予想はまだフィリピン沖ながらフェリーで見せてもらった米軍の台風予想はくの字に曲がってハッキリ日本縦断コースが予測されていた(その通りになった)。
     22日頃まで八代湾で海上待機になるとの話だったので予定を変更して深夜2時に志布志で下船。その後、指宿、鹿児島市内のホテルで台風をやり過ごす。結局部屋に閉じ籠もっていたので、これなら船上でもあまり変わらなかったかもしれない。21日夕方鹿児島から名瀬行きの運行再開第一便「あかつき」で22日名瀬に渡るが、結局「ありあけ」はその前に到着していた。加計呂間島の諸鈍の集落まで足をのばす。
     九州本土に戻ってからは、手打の武家屋敷通りが取材目的で甑(こしき)島に渡る(串木野から70分)。しかし、今度は台風24号から変わった温帯低気圧とハチ合わせで一泊余分に。今回は悪天候とその合間の晴天に左右された。
     29日朝福岡を発つが、翌30日は東海・関東がまとまった雨の予報だったため、1、2泊しながら帰る予定がそのまま走り続けてしまい、高速道路1,100kmを15時間かけて帰京。自己最長。
  • 05年10月31日、山形県酒田へ。市営フェリーで飛島に渡る(90分)。法木の漁村集落が目的。
    はじめてこの島を訪れたのはまだ十代のとき。記憶はあまり残っていないが、時代の流れで島の印象は変わっていた。当時YHもやっていた沢口旅館に投宿。35年ぶりの客であると挨拶。ご主人と朝4時すぎからアオリイカ釣りに行ったがぼくの釣はゼロ。11月2日帰京。
  • 05年11月14日、瀬戸内海地方へ。兵庫県の姫路、龍野、赤穂、室津、坂越を回ってから、広島県竹原まで走り、大崎下島の御手洗へ。戻るよりは大きく回ろうとそこから愛媛県今治に渡る。四国を東へ池田から久しぶりに脇町へ。周囲が整備され、土産物屋が多くなっていた。四国から愛知県犬山まで走り、最後の一泊をしてから20日帰京。